「建築」の語源 |
谷川正巳さんの『建築の発想 日本と西欧』(朝日新聞社、1985年)の中に
「<建築>という用語」というエッセイがある。
日本語の「建築」が英語のarchitectureの訳語として採用された経緯を、
このエッセイではじめて知った。
それはそれで興味深いことなのだが、
私が目からうろこが落ちるような思いがしたのは、
むしろarchitectureの語源の説明だった。
よくあるように、英語のarchitectureもまたギリシア語にまでさかのぼる。
元になったギリシア語は、architektonという人を指すことばである。
これは、archi-(最上の)と-tekton(技術者)という二つの部分から構成される。
archi-という接頭辞は、arche(起源、始まり)から来ている。
-tektonの語源は、techne(技術)だ。
そうだとすると、architektonは「最上の技術者」という意味にはなるが、
さしあたり建築には関係のないことばであることになる。
ならば、これを「建築家」と訳したのは誤訳ではないのか。
というのも、ギリシア語にはoikodomos
(英語で言えば、builder、architectの意。oikos=家)という、
まさに「建築家」と訳すにふさわしいことばがあるのだから。
それにもかかわらず、なぜarchitektonが
後世のいわゆる「建築家」を指すようになったのか。
実は、ギリシアでは、国家的大事業を行うにあたっては
architektonを任命するのが常だった。
たとえば、疫病の根絶という国家規模での政策では、
優れた医者がarchitektonになった。
また、土木事業を国家的規模で行う場合には、
そうしたことを専門にしているoikodomosがarchitektonになった。
そして、ギリシアの国家的大事業の多くは土木・建設事業だったので、
oikodomosがarchitektonを務めることが多かった。
そのため、architektonということで
「建築家」のことが考えられるようになった…
谷川さんがいみじくも指摘しているように、
ギリシア語のarchitektonは、職業の名称ではなく、地位の名称であり、
すべての職人の上に立ち、すべてについて決定する「第一の技術者」、
「偉大な統率者」のことである。
英語で言えば、chief directorといったところか。
たいへん勉強になりました。